こんにちは!樹世です。
10代の頃から大好きなスタンリー・キューブリックの映画作品。
中でも「2001年宇宙の旅(1968年)」はキューブリックの代表作とも呼ばれる、映画界きっての不朽の名作。
しかし皆さんご存じのように、眠い!!長い!!意味わからん!!…と様々な声が飛び交うある意味では難易度の高い映画です。

かっこよすぎるポスターデザイン。

日本版のポスターも素晴らしい。
実は私も何度もチャレンジしてきたものの、ご多分に漏れず「最後まで一睡もせず観たことがない映画」でした。
こんな名作を「寝ずに見れた事が無い」では済まされないと思っていたところ、TOHOシネマズでクラシック映画を中心に過去の名作をスクリーンで鑑賞できる「午前十時の映画祭」なるものが上映されており、絶好のチャンスを得ました。
日曜日に早起きして観る映画かよ!と自分に突っ込みをいれつつ、見逃すなかれと奮起。
スクリーン4K版で本作品を観てきました。

Gill Sans書体が映える、美しすぎるアヴァンタイトル。

4Kで見るお猿さんのシーンは圧巻。名シーンの「空に放たれる骨」→ディスカバリー号へのジャンプカットは感動もの。

細部にいたるまで美しいデザインと映像美。どこを切り取ってもカッコイイ。
映像の作り込みもさることながら、この映画が伝えようとしている未来へのメッセージの奥深さ。進化の限界、文明の罪。AIの不完全さ。スクリーンで鑑賞することで全編通してじっくりと読み取ることができました。
後で知りましたが、この作品はドキュメンタリー的な造りになっており、完成寸前までは画面上に解説のような字幕が入っていたのですが、監督の意向により字幕が全てカットされてしまったそうです。
だからどのシーンも長ったらしくて..正直じっくり見るのが大変です!
デペイズマン的世界観
キューブリックといえば、サスペンスの印象が強いですよね。
しかし、いわゆるsuspense (=不安)とは少し違う特徴を感じませんか?
無駄に長すぎるシーン、変な間、極端なジャンプカット、無機質な会話、あるはずの無いところにある物体…など「不安」よりも特徴的なのは「違和感」。不気味さを際立たせている言葉にならない違和感はどのような発想・手法で作られていったのでしょう。
キューブリックが展開する「謎にコワい」カットの起源を紐解くために、わたしが(個人的に)着目しているのは「デペイズマン」という言葉です。
デペイズマン(Dépaysement)は、フランス語で「本来あるべき場所から別の場所へ置くこと」を意味します。
日常的な文脈から切り離した物を意外な場所に配置することで、不思議な感覚や違和感を生み出す表現技法です。形而上絵画〜シュールレアリスムに代表される近代絵画中でも、日常の論理を超えた幻想的なイメージを演出する手法として使われてきました。

類人猿の時代に、幾何学的な物体が現れる。このように、「あるはずのない物が置かれる」だけで、異質な世界観を演出。冒頭のシーンだけでも、独特の世界に引きずり込まれてしまいます。
デ・キリコ作品に観るデペイズマン
時は遡り、デペイズマンという言葉にであったきっかけは一昨年、神戸市美術館で鑑賞した「ジョルジュ・デ・キリコ展」。
「形而上絵画」(幻想的な風景や静物によって非日常的な世界を表現する絵画)は、後に続くシュールレアリスムなど数多くの芸術作品や芸術運動に大きな影響を与えました。
オデュッセウスの帰還と第四のモノリス(仮説)

70年にわたるキリコの画業・100以上を超える作品の中で晩年の大作ともいわれる「オデュッセウスの帰還(The Return of Ulysses)1968年」。
透き通る水色の海が、部屋の真ん中で波を立て出す非現実の光景。そこでボートを漕いでいるのは、古代ギリシャ神話の英雄オデュッセウスがトロイア戦争から帰還する姿。時空を間違えてデ・キリコの部屋に迷い込んだような、非常に妙な光景です。部屋の中に、海。パースの狂った画角。無機質な窓外の風景。奇妙さを越えて不気味です。
この作品にはキリコ自身が長年の画業に対する深い思いが込められており、本人も「描き上がった時私は感動して泣いた」と語っています。(独特な感性ですね。)
突然切り替わる静かな部屋、あるはずのない物体。
この作品をみた瞬間、脳裏のどこかにあった例の映像が浮かび上がりました。そう、
「2001年宇宙の旅」のラストに登場する「第四のモノリス」こと「白い部屋」です。

この部屋は、主人公ボーマンが木星のスターゲートを通り抜けた後に到達する場所です。めまいのするような長いサイケデリック映像の後、突然現れる静まりかえった部屋。
美しいデザインのドレッサーやテーブルが配置され、張り詰めた無音の空間に広がる異質な美しさ。古典主義的な装飾が整然と施された部屋の中に、何故かそこに停泊しているスペースポッド。新旧の混在。突然、それまでと全く関係の無いシーンにぶっ飛ぶので、とりあえず頭がバグります。

無機質なデコレーションの部屋に突っ立つ赤い宇宙服のボーマン。このシーン初めて見たとき、トラウマになるくらいコワかったです。
制止した世界なのに、年を老いていくという矛盾した世界。そこに現れる最後のモノリス。
「オデッセウスの帰還」の絵に出てくる、背後のタンスの物体とイメージがかぶってきませんか?
時間や空間の秩序が完全に無視されたこのシーンでは、言葉にできない不気味さを感じずには居られません。
どの作品にも通じるこのキューブリックの不気味さの正体は形而上絵画と呼ばれるキリコ絵画の手法、デペイズマンと共通していると思えてなりません。
2つの「部屋」に見るいくつかの共通点
キューブリックが描く「白い部屋」の描写と「オデュッセウスの帰還」との幾つかの共通点をみつけ、これについて考察中。2人の芸術家にとって何か通じ合うものがあったのでは?と想像は膨らむばかり。
①両作品とも発表が1968年
②タイトルの”Space Odyssey(オデッセイ)”の語源はギリシャ神話「オデュッセイア」。
③ビクトリア朝の家具や装飾(「家具」はキリコの常連モチーフ)
④「最後の場所」としての意味が共通している
キリコ..画業人生における技術的帰還
キューブリック..人類を新たな進化段階へと導く場所
どうでしょうか?特にこの2作品を並べて考察している文献を見つけてはいないのですが、とっても気になるいくつもの共通点です。
このように映画、絵画とまったくジャンルの異る作品ですが、どこかに思想的な共通点があるのではないかと、自分なりにいつまでも楽しく考察できる両作品です。
優れた芸術作品には思考の余白を残してくれるものだと思います。要所に様々なしかけがあったり、見る側に自由な余韻を持たせてくれたりと、作品に限定的な意味を持たせず、細部に渡って延々と語り合うことができる楽しさ。名作である2001年宇宙の旅については、未だに謎が多く語り継ぐ人々は後を絶ちません。

ラストシーンに登場する「スターチャイルド」

ちなみにこちらはMassive Attackの名曲”TearDrop”のMV。
私の中ではこちらも世界観がクロスしてます。
時間と空間が錯綜する想像の旅へのお付き合い、ありがとうございました。
しかしながら、思想を画にする、という行為は本当に素晴らしいものです。
人間の創造力を存分に生かして制作をつづけていきたいなと勇気をもらえたひとときでした。
おかげさまで制作意欲が上昇中。また宇宙の旅でお会いしましょう!
樹世
