こんにちは!アルジュナの樹世です。
企業ブランディングの過程の中でVI(ビジュアル・アイデンティティー)と呼ばれる領域があります。
VIとは「視覚的統一性」のこと。キービジュアル、ブランドロゴ、書体、カラー、ウェブ媒体や印刷物など、視覚を通して一貫したブランドメッセージを伝えるための、デザインの決め事を指します。
前回はブランドを司るキービジュアルについて書きましたが、今回は書体について書いてみようと思います。
クライアントは引き続き長崎で130年の歴史を誇る梅月堂さんです。
130周年を機に、商品パッケージやサイン、販促などあらゆるデザイン領域でのリブランディングを計画しています。
今回はオリジナルフォントの制作に取り組んだことについて書いてみます。
「ブランドロゴ」を作ることはあっても、「フォント」から作ることはあまりありません。今回のリブランディングは、今後の商品展開の中でブレがなく一貫した企業の「らしさ」を伝えるために、一文字一文字に梅月堂の「らしさ」を纏わせることを目指しました。
まずはこれまでの歴史を振り返ってみましょう。
1940年頃の本店
資料をたどっていくと、1940年頃の店構えは今でいう洋菓子店とは違い和菓子に近い風貌だったようです。
私の祖父・祖母の時代もこのお店でお菓子を買っていたのでしょうか。
アップでみると、お店のサインに梅の花で囲んだ三日月マークが見えます。
このシンボルは一時期まで定着していたようですが、その後時代ごとにデザインが変遷していったようです。
こちらは1950年頃の梅月堂の広告。
なんとも言えないレトロで素敵な雰囲気。手書きのレタリングがグッときますね。電話番号が4ケタなのも良い!!
1960年頃の包装紙。
手書きの書体に黄色い紙が、おいしさを伝えてくれます。
それから時は過ぎ、1984年に90周年を迎えた梅月堂は、ロゴマークの一般応募を行いお馴染みの梅の木マークに定着。書体もセリフ体のシックな文字に落ち着きました。
私にとっても幼い頃から近年まで、梅月堂といえばこのデザインが定番でした。1984年から2024年までの30年にわたって活躍したデザインです。
60年代の風貌を踏襲した「サンセリフ体」をつくる
今回130周年を機に、私たちが行いたかったのは、歴史を踏襲したデザインに再構成すること。
全てを変えてしまうのではなく、「定着しなかったものを定着させる」という試みです。梅の木や三日月マークなどとシンボルは変遷していきましたが、刷新するにあたって目指したことは、長い歴史の変遷をたどり、それぞれの良さを検証し蘇らせることです。
何か手掛かりをみつけようと色々な資料を見せてもらいながら、ふと気になるデザインを発見。
エンブレムの中に使われている書体は統一されていたのですが、時折使用されていた欧文書体(上)は、聞くところによると1960年代に製作されたものだそう。
エレガントでインパクトがあり、バランスの優れたタイポグラフィーです。
記憶の片隅に残る、言葉にできないノスタルジーを感じます。
欧文書体は混合で使用されていたため、消費者にははっきりとどちらが正式なものかわからないまま時を経てきたようです。
私は今回、こちらの書体に着眼し、書体のリバイバルを目指すことにしました。
※サンセリフ体[sans-selif](ヒゲのない書体・和文でいうゴシック体)
※セリフ体[selif](ヒゲのある書体・和文でいう明朝体)
目視でもテンポよく、発音しやすい文字面を目指す
様々な書体を調べ、文献を読み漁り、辿り着いたのは「レタリング」という世界。
昨今では書体(フォント)を作るのはPCが主流ですが、MACが生まれる前の時代は全て手書きで文字を作っていました。
古いレタリングの資料を眺めているある日、ひとつのレタリング文字が目に止まりました。
手書きならではの不器用さや味、個性を感じる魅力的な書体。
出典:スタジオハンドブック: レタリング
「レタリング、デザインとレイアウト&新しいアルファベット」
著者:ウェロ、サミュエル/コネチカット大学図書館所蔵 1960年著
ウェロ・サミュエルというアメリカのデザイナーが作ったと思われるレタリング。他に出典がなく正体不明なのですが、前のページには「sprred gothic」と書かれていました。
コロンとしてなんとも可愛らしく、クッキーの焼きたての香りが漂ってきそうです。
左右不均等幅で構成された文字の強弱に加え、上下にアンバランスな重心をとりいれ、文字間を極度に縮めたタイポグラフィー。60年代のアメリカのどこかで、新聞広告などに使われていたのでしょうか。
”A””E””X”Y”などの、極端に高く・低くを強調したバーの高さが独創的です。
この書体を基調として、まずは「BAIGETSUDO」の文字を作っていきました。
ご覧になってわかるように、苦心したのは”S”のフォルム。
参考にしたウェロ・サミュエル氏の”S”だと、全体が重たい印象。もっと軽やかで読みやすくならないかと色んなSを並べては全体を眺め、試行錯誤を重ねました。
ここで1960年代の梅月堂の書体を眺めてみると、
“S”は”G”の半分ほどの横幅に収まっています。
“T””S””U”はどれも横幅が極端に狭く収まっていることで「つ」と読みやすい。
“B””G””D”と子音がテンポよく強調されていることで、「ばい」「げ」「つ」「どー」と読みやすくデザインされています。
このように書体の配置は、目視でもテンポよく、発音しやすく、と「可読性」がいかに大事かがわかってきます。
試行錯誤の後、Sのフォルムはアンダーとヘアラインを左右非対称に伸ばし、クセがありながらも読みやすく調整。手作りフォントの基礎となる「BAIGETSUDO」の10文字が見えてきました。
このように並べてみるとわかるように、1965年の書体(セリフ体)とは全く違うサンセリフ体になっているのに、雰囲気は変わっていないように感じますね。
ここまでが、まず欧文書体の製作でめざしていたマイナーチェンジ。
ヒゲを取ったサンセリフ(sans-selif)にすることで狙ったのは、「新しいけど、懐かしい。」と世代を超えてブランドの背景や物語を文字を通して感じてほしかったからです。
出来上がった書体で取り組んだのは、ロゴの基礎となるロゴタイプ※。(※ロゴに使用する書体のデザイン)
出来上がった書体を正方形内に不均等に並べることで、手作りのおいしさ、遊び心を表現していきます。
ここでまた検証してみたのは「版画」を用いたアナログ化。(個人的にはローファイ化と呼んでいます。)
板木に転写して、彫って、刷ってみました。
すると、
手作りならではの風合いと、「昔からそこにあったような佇まい」が現れました。
写真は1960年代から梅月堂の看板商品として定番のお菓子、「南蛮おるごおる」。
手作りの木箱に焼印で印刷された田川憲氏の版画作品が情緒を誘います。
この空気感に馴染むデザインを目標にしていたこともあり、一旦版画にすることで文字全体の空気感が検証できました。
ついでに彫ってみた人気のショートケーキ「シースクリーム」と並べるとなかなかの親和性です。
この時点でクライアントさんにプレゼンを行いました。
実際に製作物に使用するかは別として、「ケーキ職人さんと同じように、手で作ることを経験してみたかった」ことを熱心に伝えると、
「お菓子の味わいが伝わってくる!」
と喜びの声をいただいたのを覚えています。
ひとまずここで書体のデザインは完成し、ロゴデザインはペーパーバックへと昇華していきました。
企業のもうひとつの顔となる「書体」
前述した「sprred gothic」のレタリングを基調としてA-Zと数字・記号のフォントを作成。
実際にタイピングしても見劣りしない形に仕上げるまで何度もエレメントの調整を行い、太字・細字の2種を作製。
最終的にはウェブフォントとして使用することまで可能にしました。
無事リニューアルを終えたウェブサイトでも、オリジナルフォントが活躍しています。
https://baigetsudo.com/
今回はロゴデザインができるまでのいきさつを書こうと試みましたが、「書体」だけで語ることが多かったのでここまで。
歴史あるブランドだからこそ、古き良き時代を振り返ってデザインを検証したり、その時代の背景を知ることがVIの大切な屋台骨となり、学ぶことの多いお仕事となりました。たくさんの物語を背負った企業の新しい顔。
「新しいけど、なつかしい。」
相反するふたつの意味をもつ書体。
これから新しい商品ができるたびに、「梅月堂らしい」と感じる大事な要素になることを願います。
今回は話せなかった「梅のシンボルマーク」についても沢山のエピソードがありますので、次回またご紹介したいと思います。
ではまた!よいお年を。
資料提供:株式会社梅月堂