こんにちは。アルジュナのアートディレクター樹世です。
今日は、ディーター・ラムズ氏の「良いデザイン10カ条」から、第4条について考えてみたいと思います。
4. Good design makes a product understandable.
良いデザインは、製品を分かりやすくする。
ラムズ氏は、このように語っています。
「良いデザインは、製品の構造を明らかにする。
さらに良いのは、製品自体に語らせることができる点だ。
ベストなのは、説明を要しないこと。」
私はロゴデザインを作るとき、この言葉を頭の片隅に置きます。
ロゴというものは、とても小さな世界。限られた面積の中に、さまざまな意味を包括します。
気持ちを込めればできるというわけでもなく、要素をたくさん盛り込めば説明的になってしまう。
「製品自体に語らせる」
どうすれば、こんな難しいことが実現できるのでしょうか。
構造を明らかにする
ロゴデザインは、ただ美しい図形を作ればいいのではなく、見る人が、説明されなくても何かを感じ取れるように、情報を整理し、構造化し、造形に落とし込んでいく仕事です。
色、形、文字、余白、バランス、象徴性。
何かを想起させる図形や、視覚的なリズム。
そうした要素を使いながら、対象の輪郭を造形として整理していく。
ラムズ氏の言う「構造を明らかにする」ということを、ロゴデザインに置き換えるなら、それはまず相手のことを隅々まで理解することなのだと思います。その企業や製品は、どんな未来に向かっているのか。これまでどんな歴史を歩み、どんな環境の中に存在してきたのか。相手の構造を理解して初めて、ロゴは分かりやすく、伝わり易くなると思います。
最高のロゴは、何も語らない
ロゴデザイン界を牽引する世界的デザイナー、サギ・ハビブ氏がこのような言葉を述べています。
“Best Logo Says Nothing.”「最高のロゴは、何も語らない。」
私はこの言葉がとても好きです。
「何も語らない」ということは、どのような状態でしょう。
一見すると、ラムズ氏の言う「製品自体に語らせる」とは、真逆の言葉のようにも聞こえます。
けれど、私はどこか同じことを言っているように感じます。
「語らせる」とは、言葉で説明することではなく、製品そのものの構造や佇まいによって、その役割が自然に伝わること。
「何も語らない」もまた、意味を説明的に描き込むのではなく、余計なものを削ぎ落とし、形そのものに委ねることなのだと思います。
語らせるために、語りすぎない。その二つの言葉は、実は同じ場所を目指しているのかもしれません。
ロゴは、それを「図」にしたものだと思うんです。
説明しなくても、伝わるかたち

NISSAYシンボルマーク(1988)design by Ivan Chermayeff
「説明を必要としないロゴ」と聞いて、私が思い浮かべるもののひとつが、日本生命のロゴです。
現在のシンボルマークが生まれたのは1988年。日本生命が創業100周年を翌年に控え、新たなCIの導入に取り組んだ時期でした。
CI全体を統括したのは、日本のCIデザインを牽引してきたPAOS。
そしてロゴデザインを手がけたのが、アメリカのデザイナー、アイヴァン・チャマイエフです。チャマイエフは、Chermayeff & Geismarの創設者のひとりで、MobilやNBCなど、現在まで残る数多くの企業・組織のアイデンティティを手がけてきた人物です。
ここで面白いのが、先ほど紹介した“Best Logo Says Nothing.”のサギ・ハビブ氏との関係です。チャマイエフとトム・ガイスマーが1957年に設立したChermayeff & Geismarに、後にハビブ氏が加わり、現在はChermayeff & Geismar & Havivとして活動しています。つまり、ハビブ氏は、チャマイエフから続く同じデザインスタジオの系譜にいるデザイナーです。
そう考えると、ハビブ氏の「最高のロゴは、何も語らない」という言葉と、30年以上前にチャマイエフが生み出したNISSAYのロゴが、静かにつながって見えてきます。
日本生命のロゴを制作するにあたり、彼は実際に日本を訪れ、日本の生命保険業界や日本生命という企業そのものを調査したといいます。
そのうえで複数の案を提案し、選ばれたものが、現在も使われている菱形の図形「センチュリークリスタル」でした。
当時、日本生命に求められていたのは、業界最大手として培ってきた信頼を保ちながら、これからの時代に向けた新しい企業像を示していくことでした。
国際化が進み、企業が世界へ向かっていくこと。
そして、印刷物だけでなく、テレビやコンピューターなど、企業が姿を現す媒体そのものが変化していくこと。
そのように、新しい時代に適応できる、簡潔で強いシンボルが必要とされていました。
それ以前の日本生命では、漢字を中心とした社章やロゴが使われていました。
「生」の文字を囲むような幾何学的なマークや、「日本生命」の文字を円の中に配したもの。
そこには、家紋や印章にも通じる、日本企業らしい象徴のつくり方を見ることができます。
チャマイエフが新しいロゴを考えるうえでも、こうした日本的な造形感覚は重要な手がかりになりました。
そこで生まれたのが、結晶やダイヤモンドを思わせる、ひし形のシンボルです。
二つの図形の間には、何も描かれていない余白によって「N」が浮かび上がっています。
旧来のロゴが持っていた日本的な家紋や書の感覚を受け継ぎながら、それを極限まで単純化し、中央にはアルファベットの「N」を置く。
日本生命が歩んできた歴史と、これから世界へ向かう姿勢が、ひとつの図形の中に共存しています。
NISSEIからNISSAYへ

もうひとつ、静かに起こした変革があります。
それは、以前の表記「NISSEI」から、新しく「NISSAY」へ、ローマ字表記を変更したことです。そこには「SAY=語る、提案する」という意味が重ねられ、「新しくあろう」「発信・提案していこう」という、これからの企業姿勢が込められました。
広告でも「Nissay Says」という言葉が使われ、新しい企業像を浸透させていきます。
名前そのものに、これから企業がどうありたいのかという意志まで組み込んだアイデアです。
企業の歴史。
社会の変化。
これから向かう未来。
そして、企業自身がどう変わりたいのか。
そうした複雑な情報を理解し、整理し、最後に一つの図形へと結晶させる。
何も語らないためには、その前に、語るべきことを誰よりも深く理解していなければならないのです。
まさに、ラムズ氏のいう「構造を明らかにする」という行為が、そこにあるように思います。
38年経ってもずっと新しい。
ロゴを見るだけで、その背景にあるすべての意味を理解する人はいないと思います。でも、それでいいのだと思います。
強さや誠実さ、先進性のようなものが、説明されなくても、どこか伝わってくる。そして、長い時間使われることで、そこに企業の記憶や信頼が積み重なっていく。
ロゴ自身が、大きな声で何かを語る必要はありません。
1988年に生まれたこのロゴは、現在まで大きく姿を変えることなく使われ続けています。
時代が変わり、媒体が変わり、企業を取り巻く環境が変わっても、古くならない。
簡潔で、強く、余白まで含めて成立している。
眺めていると、どこかに線を一本加えることも、何かを取り除くことも難しい。
足すものも、引くものもない。
私にとって、それは完成されたロゴのひとつの姿です。
そしておそらく、ラムズ氏のいう、「ベストなのは、説明を要しないこと。」という言葉にも、つながっているように思います。
最高のロゴは、何も語らない。
けれど、何も語らないまま、長い時間を語り続ける。
そんなロゴを、私もつくりたいと思っています。
