みなさんこんにちは。
長崎のブランディングデザイン会社「アルジュナ」の宮﨑です。
平成10年生まれの自分にとって、「平成レトロ」という言葉は、懐かしいな〜と思うのとともに
年取ったんだな〜とちょっとした気恥ずかしさが混ざる不思議な言葉です。笑
最近、若い世代のあいだで「平成レトロ」がブームになっているのをご存じでしょうか。
圧倒的にブームトなっている「シール帳」。持ち歩いて交換したり、友達に自慢したり。
メルカリでプレ値がついているものも最近目にして驚きました。中でもぷくっと膨らんだ立体シールは、
もはやステータスになっていて、あれを持っているだけで、クラスのヒエラルキーがほんの少しだけ上がる。
そんな時代がきてます笑
このシール文化が流行したのは平成中期頃(1995年〜2008年頃)で。自分は幼稚園くらいのころです。
ではなぜ今、再び支持されているのか。
デザインの視点から自分なりに分解してみたいと思います!
●平成レトロって大盛り!
平成レトロをパッとみたときの印象としては「情報量の多いな」です。笑
平成レトロの特徴の一つとして、とにかく「盛る」こと。
ビビッドな配色に、ラメ、グリッター、デコ文字。
背景も主役も関係なく全部が主張してくるような…ミニマルデザインとは真逆の思想です。
●かわいいが詰めに詰め込まれている?
普通なら「うるさい」と感じるはずのこのバランスが
なぜか「かわいい」に変換される。ここに面白さがあるように感じます。
かわいいが詰めに詰め込まれているのに成立しているのは、秩序ではなく「ノリ」で成立しているからな気もしま0す。
先日、親戚の女の子が日曜の朝からテレビをつけてみていた「よーい!スターと!トビダスクール」。
それをみていて全てがキラキラ、竹下☆ぱらだいす、しなこ、MADAMADAなどの
衣装の情報量の多さとセットのカラフルさにハレーションを感じながら目を奪われました。

https://www.tv-asahi.co.jp/start_tobisuku/
洗練されているデザインというより、なんだろうテンションを設計しているような感じ?。
一緒に盛り上がっている子をみて、
これが「ニューカワイイ」か
とすごい世界だと感心していたところです。
●アナログとデジタルのあいだ
たとえば、たまごっちや携帯型ゲーム。
画面はドット絵で粗いのに、通信して遊べるという当時の最先端感。
制約だらけの中で成立している体験設計が、いま見ると斬新で新鮮です。
僕自身は、姉のたまごっちを借りてやっていたのですが、案の定たまごっちはすぐ放置してしまい、
気づけば画面の中は悲惨な状態に…あのうっかりで命を左右してしまう感じ”も含めて、
妙にリアルで、今思うとかなりエッジの効いたコンテンツだったなと思います。
その後デジモンにどハマりして学校にも持ち歩くようになるのですが、
なにより友達と通信で対戦できるという魅力!
キーホルダーサイズのものにそんな機能が備わっているの今考えても最先端過ぎました。

CMなどをみても映像も初期のデジタル感というか、CGや合成の未完成さに独特な空気があります。
●知らないのに懐かしい」という感覚
いまのZ世代は平成をリアルタイムで体験していないわけで、
それでも惹かれるのはなぜなのでしょうか。
ここには「完成されすぎていない魅力?」があるのではないかと思います。
少しダサい、少しズレてる、でも全力!!!いまの洗練されたデザインにはない
「余白ではなく過剰」の魅力。
これがSNSを通してZ世代には「新しいかわいさ」として再解釈されている。
つまり平成レトロは、今の大人が感じるノスタルジーではなく
「未知のカルチャー」として消費されているのも流行の理由だと思われます。
最近みて熱くなったのは、ORANGE RANGEの「イケない太陽」のMV。
当時のCMのオマージュ(がっきーのポッキー)などみて懐かしい〜となる世代でした。
単なる再現ではなく、「あの頃の熱量ごと再パッケージしている」感じでした。

ここで感じたのは「再現」と「再編集」は違うということ。
ただ昔っぽくするだけではなく、現代の感覚で「ちょうどよくズラす」。
この編集感覚こそが、いま企業やブランドが取り入れている
「ニューカワイイ」の正体だと思います。
そう考えると、これからのデザインに必要なのは、もしかすると「完璧にしすぎない完璧」というものもあると思います。
あの頃のシール帳みたいに、ちょっとごちゃっとしてて、でも開くたびにワクワクする。
もっとデザインアンテナを張り巡らせ、そんなデザインに向き合ってみても面白そうです。
