みなさんこんにちは。
長崎のブランディングデザイン事務所「アルジュナ」の宮﨑です。
節分の時期になると、コンビニやスーパーで
鬼のお面がついた豆まき用の豆が袋で売られはじめます。
自分は豆が好きなので、豆まきはせずとも節分の豆だけ買うこともあります。
でも、やはり醍醐味なのは豆まき。
うちの実家でも毎年のように開催されています。
甥っ子や姪っ子たちが集まり、玄関のチャイムが急に鳴りだす。
扉を開けると、がたいのいい鬼が子どもたちをさらいにきます。
僕はというと、「嫌だ!嫌だ!」と泣き叫びながらしがみついてくる子どもたちを横目に、
子供を差し出したり、爆笑しながら
「豆を投げてやっつけろ!」と鼓舞する悪いおじさんです。
●やはり、鬼のお面は怖くないと意味がない。
できるだけリアルなものが毎年用意されています。(結構な値が張る)
赤い顔に角、鋭い牙。
これって、デザインとしてかなり完成度が高い存在だなと思います。
そもそも昔話などに登場する鬼は、なぜ赤と青なのか。
前から少し疑問に思っていました。
民俗学的には、赤鬼は欲望や怒り、青鬼は冷静さや理性を象徴しているらしい。
感情の暴走と抑制、その両極端を担う存在。
色の意味がキャラクターの性格と直結している。確かにいじめられている青鬼を赤鬼が助けるなんてのもみたことある。
恐ろしいほどに完成された配色設計だなと。
●鬼面ってシンプルだけど強い。
角、目、口、牙。
装飾は最低限なのに、「怖い」「強そう」「近づきたくない」という感情を
一瞬で引き起こす。
情報をそぎ落として、そぎ落とした結果として生まれている。
こういう「シンプルでも伝わるデザイン」は奥が深く、デザイナーの技の見せ所だなと感じます。
ここで少し話が飛びますが、
僕は漫画『範馬刃牙』が好きでよく読んでいます。
作中に登場する範馬勇次郎。
彼の背中には「鬼の顔」が浮かび上がる描写があります。
筋肉の隆起だけで鬼を想起させる、あの背中。
あれもまた、鬼面の本質を突いたデザイン表現だと感じます。
筋骨隆々という要素を鬼面になぞらえ、ビジュアルとして落とし込み、
「強さ」の象徴として成立させている。とても素晴らしいアイデア。
顔を描いていないのに、何でか鬼だと分かる。
恐怖、圧倒的な力、越えてはいけない存在感。
鬼面が持つ象徴性を、身体表現だけで成立させている。
これはもう、記号としての「鬼」が完成しきっている証拠だと思います。
鬼面は、時代が変わっても大きく姿を変えない。
変えなくていいデザインなのでしょう。
伝わりきっているものは、無理に更新する必要がない。
シンプルな線だけで顔って伝わる(へへののもへじに近い)ものですし。
●「鬼は外」
デザインをする中でも、
新しさを足す前に、本当にそれは必要なのか。
伝えたい役割は果たせているのか。
鬼面は、そんな問いを投げかけてきます。
恐怖とともに。
節分の「鬼は外」という行為も、
ただの年中行事ではなく、
不要なものを外に出すためにデザインされた体験だと思います。
情報を詰め込みすぎていないか。
自己満足の表現になっていないか。
伝わらない装飾を抱え込んでいないか。
豆を投げながら、
そんなことを考える節分も、悪くないなと思いました。
鬼面は怖い。
でも、だからこそ分かりやすい。
そして、ずっと残り続けている。
強いデザインとは何か。
その答えが、案外、鬼のお面の中にあるのかもしれません。
